弁護士本田正男のBlog Page


 毎日聴いている音楽その他についての感想などを書いています。

 弁護士としての活動については,所属する法律事務所(川崎総合法律事務所)のホームページなどをご参照ください。

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思い出させる声

 忙しすぎると言ってしまえば,身も蓋もない話ですが,一昨年のお正月が明け,もっと,2019年に聴いた音楽について書きたいな思っていて,ワルターの新しいマスタリングの盤が発売されたことを受け,見違えるような聞き応えになっていたハフナーシンフォニー(K.385)のことでも次は触れたいなと思っているうち,年始の怒涛ような毎日が動き出してしまい,日常の中で機を逸してしまいました。
 翌2月には,ダイアモンド・プリンセス号のことが連日ニュースのトップに報じられるようになり,3月には全国の学校が一斉に休校になって,2020年の春の時点では裁判所も開店休業の状態となりました。そして,夏のオリンピックも延期,再開したJリーグも無観客となり,私の事務所にもアルコール消毒の装置が置かれ,アクリル板も設置して,お客さんにも使い捨ての紙コップでお茶を出し,タオルも紙になり,次第に事務所に行く回数自体が減り,毎日がZoom会議で始まって,飲み会すらZoomで開かれるようになりました。
 コロナ禍に振り回され,気づけば直2年,2021年も暮れようとしています。私たちの生活は大きな変更を余儀なくされ,口を開けば,コロナの前後で世界は変わってしまったという言説に溢れています。
 そんな今年の11月になって,Springsteenの1979年のライブ盤が発売されました。1979年9月22日ジャクソン・ブラウンやトム・ペティも参加したニューヨークマディソンスクエアガーデンでのNo Nukesのコンサートです。未だRiverが出る前で,レパートリーの中心は78年の「闇に吠える街」からのナンバーが中心ですが,一曲目のProve It All Nightが始まるともう大変で,間奏で,クラレンスのサックスが入ってくると,演奏者も聴いているこちらも脈の上がっていくのがはっきりと分かります。

 本当に幸いなことに,Bruce Springsteen & The E Street Bandは,二度しかなかった来日公演,85年の代々木体育館と,88年の東京ドームの両方を聴く機会に恵まれました。後者は,アムネスティ主催のオムニバスなコンサートで,単独公演でなくて,時間も短かったことと(Peter Gabrielや,Tracy Chapmanといった豪華な面子でしたが,…),柿落とし間もないドームで,遠い上になんだか音が籠っていて残念な音響だった記憶なのですが,前者は,Born In The U.S.Aの大ヒットを受けた初来日公演で,忘れることのできない夜になりました。

 代々木体育館は,横浜アリーナと同様ラクビーボールのように細長で,席が,大きな星条旗の掲げられたステージから離れていたこともあって,目の前の観客が開演前気になって仕方がありませんでした。というのも,日本の色々な場所で,様々なアーティストのステージに接しましたが,この日の公演くらい,日本人以外の人が会場で目立っていたことはありませんでした(同じ場所で観たBilly Joelなど日本人の姿しかありませんでした。)。そして,その目立つ米国人と思しき人たちが実に反知性的な態度で,始終ピーピーと煩いで,ふざけていて,ぼくは開演前に,すっかり,1880年にドストエフスキーが最後の小説のエピローグで,「アメリカの俗物ども」「俺はアメリカが嫌いでたまらないんだ」と書いたのとまったく同じ気持ちで開演を待っていました。吉田秀和さんが,ルービンシュタインについて,カーネーギーホールで観た時のことに触れ,彼がアメリカの聴衆の熱狂に応え,英雄ポロネーズか何かの演奏の後拳闘のチャンピオンがするように,両手の拳を握り合わせて頭の上にまで持っていっていたことを報告していて,そこで感じた違和感についてしばしば書かれているのですが,ぼくの場合は,この日のコンサート以来,アメリカの聴衆に対する偏見としてすっかりこびり付いてしまい,こんなことだから,Born In The U.S.Aが共和党の政治集会で使われ,Springsteenが歌詞をよく聴いてくれなんてコメントすることにまでなるんだなぁ,と妙に納得してしまったことをよく覚えています(ぼくがこの偏見から解放されるのは,2011年の8月を待たねばならないのですが,そのことはまた別の機会に書き留めたいと思います。)。
 けれど,そんな不満もコンサートが始まってしまえば,一曲目のBorn In The U .S.Aの歌い出しで吹っ飛び,圧巻の横綱相撲で,圧倒され続けました。そして,ついに,アンコールで,ブルースの発するカウントに乗ってBorn To Runのイントロのドラムが入ってきた瞬間のあの恍惚感や,続くデトロイトメドレーですべてから解放されたような感覚は,40年近も昔の出来事のようには思えない現実味のある記憶になっています(これに一番近い音楽は,ベートーベンのハ短調シンフォニーの終楽章しか思い当たりません。)。

 今回出た1979年のライブでは,同じく今年11月に配信されたビートルズのGet Backセッションでもそうだったように,技術の進歩がもたらした信じがたい程の高音質で,ジャクソン・ブラウンやトム・ペティも入ったStayを挟んで,Born To Runからデトロイトメドレーへとひたすら盛り上がり続けます。1985年の5枚組のライブ盤よりも(CDでは3枚組でしたが,これはぼくの買った最後のレコードになりました。),No Nukesで反核や反原発の盛り上がりがあったためなのか,バンドがまだまだ右肩上がりであったせいか,ただ,みんな若かったためか,もっと細身で,だからもっと速くて,何か多くの熱が伝わってきます。スティーブのギターもいいし,クレメンスのブロウも最高で,ロックンロールという音楽ジャンルの「未来」というより「頂点」が捉えられている,と言い切っても,どこにも誇張がないような気がします。とどめを指すのは,ブルースの声ですね。拓郎が昔ラジオで,この人は,声だけ聴いていればいいというような話をしていた記憶がありますが,本当に何か,その叫びには,生きるということを根源的に問いただすような力が宿っているように感じられます(拓郎の声にも同じ魅力があるからきっと嫌でも気づくのでしょう。)。コンサートの最後のパフォーマンスで,マイクに向かって,「I Can’t Stand Any More. I’m 30 years old.」と叫ぶブルースの声も元気一杯です。
 この2年間,というよりも,この42年間,お前はちゃんと生きていたのか,外にあるものだけに振り回されていたのではないか,お前の内なる思いは,未だ確かなのか,そう喉元に突きつけられるような気持ちになる演奏だし,そんなことを思い出させてくれる声が響きます。

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プールのお供

 三箇日も終わり,スポーツクラブも始まったので,鈍った体で久しぶりにひと泳ぎして来ました。

 スイミングが体に良いことは分かるけれど,やはり,一番の問題は,やっている最中孤独だし詰まらないということですね。Apple Watch の登場以降,スイミングでワークアウトの時間や距離を測ることはできる様になったのですが,それだけでは,やっぱり暇ですね。昨年秋には Airpods Pro も出ましたが,防水にはなったものの,Apple Watch  の様にIPX7程ではないので,スイミングでは使えませんし,水中ではそもそも Bluetooth が通じないので,せっかくのApple Watch から音を送ることもできません。そこを改善して,スイミング中に音楽を聴く楽しみをくれたのがウォークマン NW-WS625 です。

 ウォークマンは,大学生のときに,第二世代を購入して以来の付き合いで,当時はレンタルレコードの隆盛期でしたから,僅か数百円で借りたレコードを夜な夜なカセットテープに落とし,NIAGARAでも,アースでも,聖子ちゃんでも,日常メインの再生機器として,どれだけ楽しんで来たか分かりません。NW-WS625となったウォークマンは,Bluetoothでも繋げるし,本体中に16Gのデータ領域があるので直接データを移しておいて,耳栓代わりにはめ,スイミングの間中音を楽しむことができます。

 スイミングでは,一番良いのは,やっぱり,ラジオ番組を録り溜めておいて,お気に入りの番組をまとめてエンドレスに聴くことですね。パーソナリティの人柄に触れることもできるし,思いも掛けない曲の掛かかるサプライズもあって,要するに,体を動かしている間中飽きることがないですね。

 水中では流石に音質を問題にすることはできないですが,緩んだ身体でも,気持ちを上げる音楽の効用の一例として,ついでながら,ここでは,やはり,2019 年の大きな収穫の一つ,Vampire Weekend の Father of the Bride を挙げておきたいと思います。一人水の中,インディ臭のまったくない開放的な音の玉手箱から次々に繰り出されるきらきらの全18曲,58分間の別世界へ旅立てます。

The End of the World

 カーベンターズも,代表作の Now and Then で,Yesterdays once more に挟まれたB面のオールディーズメドレーの中に,ノスタルジックなものを具現化するかの様に,Tne End of the World を挿入していますが,2019年は,Rickie Lee Jones が,Kicks というカバーアルバムのクライマックスで取り上げました。

 この曲,ぼくはこれまで,Bill Frisell が97年に出した Nashville というカントリーアルバムの中で愛聴していたのですが,Kicks のバージョンもとても良いですねぇ。かけがえのないものを失った人の心のあり方が表現されているのですが,不思議と透明で,ぼくは晴れた日の朝の景色の中で聴くことを好みます。

 よく四十を過ぎたら自分の顔に責任を持てみたいなことが言われますが,政治家に限らず,世間の風に晒されてきた人の顔には,その人の歩いて来た道が刻まれていることは間違えないですね。声も同じで,60代も半ばに差し掛かった人が歌う End of the World には,言われなくても,これまで乗り越えて来たいくつもの出来事が音の中に含意されている様に広がって聞こえます。

 

英語の歌

 音楽を聴くことだけは毎日欠かすことはないのですが,忙しさにかまけ,ブログなどとても更新できず,気づけば年が改まってしましました。

 お正月に少しだけ時間もできたので,振り返りも兼ねて,昨年の思い出を幾つか書かせて頂ければと思います。

 まずは,中学生になった長女のことです。英語の授業が本格的に始まり,課題曲をクラスみんなで歌っている様なのですが,最初に取り組んだ曲が Carpenters の Sing だったことが感慨深かったです。

 ぼくが中学生だった70年代,たしかTBSラジオだった記憶ですが,鈴木ヒロミツさんのDJで,カーペンターズだけの30分番組があった程の人気でした。番組中のリクエストのコーナーに,クラスの友達にビートルズと比べられると,どの点でも叶わないという投稿があって,本当はビートルズ好きのヒロミツさんが言葉を慎重に選んでいたことを何故か今でも覚えているのですが,当時から音楽好きであることの自覚のあった生意気盛りのぼくは,カーペンターズというと,今は流行っているけど,ビートルズや S & G と比べると,一段低い質のもののように感じていて,Sing も中学生の英語のお勉強に適した歌で,いかにもセサミストリート向きだななどと,セサミストリートにも,カーペンターズにも失礼なことを思っていました。

 ところが,あれから,もう40年以上の月日が流れ,自分の娘が同じ中学一年生になって同じメロディを口づさんでいるところを目の当たりにし,その普遍性が証明されているように改めて感じられました。今は Apple Music の様に便利なものがあるので,改めて,リチャードもリードボーカルを取っているデビュー作から順にアルバムを聴いているいくと,そこには,やはり才能のあるミュージシャンが創意と工夫を凝らしながら,時代や大衆と格闘し,結果普遍的なもの,つまり,ポップスへと辿り着いている様がしっかりと刻印されていますね。

 特に,ビートルズと同じ様に,時を経てもアレンジが古くならないことは,カレンのあの声と同じくらい驚異的ですね。個人的には,ロケ地が日本大通りだったビギナーの思い出もあるせいか,Top of the World などいつ聴いても,焦がれる様な想いが胸に溢れてきます。

朝ドラ

 北海道の自然を舞台にした今回の朝ドラもいいですね。

 先週余りに休日が続くので,子どもの日に何曜日か分からなくなっていて,朝ドラの時間になって慌てて飛び起きて,テレビのリモコンを探している自分がいました。

 前クールの福田靖さんもとっても安定していて,安心して観ていられましたが,今クールの大森寿美男さん,安定した筆致に加えて,人間の微妙なグラデーションを短い時間の中で丹念に紡いていて,いつも感心しています。大好きな岡田惠和さん同様,3回目の朝ドラもありそうな気がします。

 

 今回の朝ドラの主題歌もいいですね。

 草野マサムネさんももう50代なんですね。(一時体調を崩されているような話も伝わって来ていましたが,)ブライアン・ウィルソンと同じように,若い頃のみずみずしさがそのままなことが驚きだし,嬉しいです。

 テレビで観てると,月曜日だけ,2番も歌ってますね。

 ロビンソンの頃から,言葉の組合せの妙が素晴らしかったですが,2番のverseの最後に「コタン」という言葉が置かれていて,気になったので,検索してみると,アイヌ語なんですね。流石です。ひょっとすると,少数というか,弱さに対する眼差しを持つということと,瑞々しい感性をもち得るということとの間には,内的な関連性があるのかも知れないですね。

 


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日弁連シンポジウム

午後日弁連のシンポジウム「日米地位協定を検証する! 〜ドイツ・イタリアと比較して〜」に参加して来ました。

 日弁連内のクレオという1番大きな講堂(部屋)BCでの開催でしたが,次から次へ来場の方が増え,完全に溢れてしまって,職員の人たちが,資料の刷り増しをして,椅子を登壇者の周りにまではみ出して並べるということを開演後1時間を経過してもまだ続けている状態で,70年ごろのフォーク集会はこんなだったのかしらと思わせるような大変な人出でした(しかし,米軍の地位協定で,自分の国の領域内のことに主権が及ばないような,環境汚染の調査も,事故事件の検証もできないような国は,悲しいかな日本だけなんですね。まぁ,ユーロ圏は違うようには思ってましたが,アフガニスタンですら,法的に,アメリカ軍と対等だとは知りませんでした。まったく知らないということは恐ろしいことです。)。
 
 今年9月6日に前川さんを招いて行う講演会の持ち方について詰めの作業を行うため,来週前川さんと会うお約束を頂いていることから,少し前川さんのことについて予習しておかなければならないと思い立って,シンポジムの会場に向かう道すがら,前川さんの御本を一つ読み始めました(遅すぎですね。)。「これからの日本、これからの教育」(前川喜平/寺脇研著)です。「はじめにに代えて」という冒頭の文章の中で,前川さんは,ご自身の不登校体験を赤裸々に告白された後,宮澤賢治の「農業芸術概論要綱」を引用されています。「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と(とうの昔に賢治が言葉にしてくれていたことはとても嬉しい限りですが,そんなことも知らずに,同じようなことを,あちらこちらで話していたとは,恥ずかしいというか,やはり無知とは恐ろしいものです。)。
 
 やはり,ごく最近まで知らなかったのですが,これも,このところ毎日聴いているので,知らなかったついでで,ご紹介したいと思いました。Madeleine Peyrouxというぼくにとっては未知のアーティストが昨年発表したAnthemというタイトルのアルバムです。ジャンル的には,ジャズボーカルということになっているようですが,もっと幅広い音楽で,朝聴いてもとても気持ちよく1日を始められます。一聴した感じ,ぼくの知っているところでは,一番近いのはMaria Muldaurでしょうか。声だけ聴いていると,ふくよかで艶っぽい大人の女性がイメージされますが,リリックなどは,もっと知的で洗練された印象も残します。昨年くらいからでしょうか,Apple musicでは,基本的には再生中の曲の歌詞もでるようになったので,iPhoneを片手にちょっと気になった歌詞を確認するようなことも簡単にできるようになりました。たとえば,4曲目のタイトルナンバーのサビのフレーズは,こんな感じです(この曲,難民問題などを扱っているようにも読めなくもないのですが,ぼくの英語力,詩を読む力では到底解りません。)。
 Ring the bells that still can ring

 Forget your perfect offering
 There is a crack, a crack in everything 
 That's how the light gets in

 あらゆるものにはヒビが入っているから,そこから光が生まれる,完璧を求めなくていい,あるがままに鐘を鳴らせばよいというメッセージは,すでにヒビだらけの大人には有難い台詞で,それが演奏や音楽の全体からも伝わってくる職人芸のようなえも言われぬ絶妙な雰囲気にあっていますね。
 日本でも,こんな雰囲気のある大人の楽しめる音楽にもっと市場性があってもいいんじゃないかとついつい思ってしまうのですが,詰まる所,それは聞き手であるリスナーの側の問題ですよね。どんなに不平等な地位協定でも,それを受け入れているのが他でもない日本国民だということとおんなじなんでしょうね(どれほど人の後を付いて行くのが好きなんでしょうか。)。ストリーミング配信が,大人にも楽しめるような音楽をしっかり大人に届けることができているように,新しいシステムや,やり方で何か風穴を開けるようなことができたりするのでしょうか。
 
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子どもの貧困問題研究会のHP立ち上げました

 かわさき子どもの貧困問題研究会という勉強会を立ち上げています。きっかけは,2015年2月20日に発生した川崎での中学一年生の事件でした。困難な状況にある子どもや若者の支援に関わっているNPO法人,社会福祉法人,福祉事務所,児童相談所のケースワーカーや,弁護士,家庭裁判所調停委員,少年友の会の会員,市役所職員などの有志が集い,内々にですが,定期的に勉強会を継続していました。

 そして,2017年3月からは,子どもの貧困問題をより広く多くの市民の皆さんに知ってもらいたいと考え,年に数回程度の頻度で,このところは川崎商工会議所との共催で会議室をお借りし,川崎市の後援や,生協の協賛も得て,講演会やシンポジウムを企画開催してきました。

 そして,これらの活動の軌跡を一つ一つ大事にしたかったので,ホームページを立ち上げました(風邪でほとんど外に出られなかったこともありますが,ゴールデンウィーク様様です。)。まだ,スカスカですが,ちゃんとレポートを仕上げるなどして,活動同様少しずつ充実させていきたいと思っています。

 さしあたり,9月6日の夜に予定しています前川喜平さんの講演会の開催に向け,あれこれ企画を詰めています。

 

 子どもの貧困にも,こどもの日にも何も関係ありませんが,今朝は,晴れた5月の日曜日の朝にぴったりなChieftansを聴いています。長くやっているグループだと,やっぱり,ぼくは昔のものより,最近のものが好きで,2017年12月3日に横須賀の芸術劇場で生のChieftansに触れたこともあって,Voice of Agesを聴いています(Bowieなんかも常に一番新しい作品が一番良い作品だったんじゃないですかね。)。

 活動を長く続けることの大切さや,大変さ,それを支えることのできる対象への愛を感じます。


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